生活習慣病の治療法提案

病気の中には食事、飲酒、喫煙、運動、睡眠などの生活習慣が発症や進行に強く関わるものがあり、生活習慣病と呼ばれています。生活習慣を変えることが病気の治療の第一歩になりますので、患者様の生活習慣を詳しく聴取したうえで一人一人に合った治療法を提案いたします。生活習慣病の発症前段階であるメタボリックシンドロームに着目した特定健診の制度もあります。これらの生活習慣病は基本的には自覚症状がないため治療の必要性を理解いただくことが重要です。気になる病気をクリックしてみてください。
高血圧
血圧が高くても基本的に自覚症状はありませんが、血圧が高い状態が長期間続くと
- 常に動脈に高い圧力がかかっているため
- A)動脈が硬くなりやすい=動脈硬化が進行する
- B)動脈が傷つきやすい=血栓症や出血性病変を来しやすい
→その結果、脳梗塞、脳出血、心筋梗塞、狭心症、大動脈解離、大動脈瘤破裂、腎硬化症、閉塞性動脈硬化症など、症状が出現してからでは手遅れである事が多い病気になりやすい
- 心臓はそれだけ強い力で血流を送り出さなければならない=心臓への負担が増える
→その結果、心肥大や心不全になりやすい
という恐ろしい状況が想定されます。高血圧がサイレントキラーと呼ばれる所以です。
私が医師になった1994年頃は高血圧の基準値は160/95mmHg以上でしたが、2000年に日本高血圧学会が出した高血圧治療ガイドラインJSH2000から、高血圧の基準値が現在と同じ140/90mmHg以上となりました。今までセーフだった人が突然アウトになった衝撃は大きく、患者様に基準が変わった根拠となるグラフ(*図1、2)を見せて説明していた覚えがあります。図1は血圧と脳梗塞の発症率の関係を見たもので140/90mmHg以上で急激に脳梗塞の発症率が高くなっていて、図2は収縮期血圧が139mmHg以下の人と140mmHg以上の人で心血管疾患による死亡率に大きな差があることを示しています。


その後も多くの研究成果から高血圧治療ガイドラインは改定を重ね、本稿執筆中2025年1月の最新版はJSH2019です(2025年夏にはJSH2025が出る予定ですが、診断基準の変更はない模様です)。水銀血圧計は2021年以降製造が禁止され使われなくなり、今では電子血圧計を使用します。市販の自動血圧計の普及に伴い、JSH2019では降圧治療は診察室血圧より家庭血圧を指標とすることが推奨されました。140/90mmHgという高血圧の基準値は診察室血圧を用いたもので、家庭血圧では135/85mmHg以上が高血圧となります。ご自宅に血圧計がありましたら是非1日2回起床排尿後と就寝前に座位で測定し、データを診察時にお持ちください。血圧計購入の際は上腕で測定するタイプがお勧めです。なお血圧の正常値は診察室血圧120/80mmHg未満、家庭血圧115/70mmHg未満で、正常と高血圧の間の人や、診察室血圧だけが高い白衣高血圧の人も脳心血管病との関連や高血圧への移行の報告があり注意深い経過観察が必要とされます。高血圧の治療は生活習慣の改善と薬物療法があり、目標値も治療法も個々の患者様により異なります。当院では個別に作成した生活習慣病療養計画書に基づき治療いたします。家庭血圧や健診の血圧が高めの方は気軽に受診してください。初めて高血圧で医療機関を受診される方は二次性高血圧(原発性アルドステロン症や甲状腺機能亢進症など特定の原因による高血圧)の鑑別や、高血圧以外の危険因子の有無、臓器障害の有無などを評価し、診療方針を決めて参ります。
(※図の出典は日本内科学会誌92:187-194, 2003より)
糖尿病
ヒトの細胞の最も効率的なエネルギー源はブドウ糖です(解糖系、TCAサイクル等)。ブドウ糖不足は生命の危機なので血糖(血中ブドウ糖)を上げるホルモンは沢山ありますが、血糖を下げるホルモンは膵臓のβ細胞から分泌されるインスリンのみです。このインスリンの分泌不足や作用不足によって血糖値が高くなる病気が糖尿病です。血糖値は食事や時間帯により変動しますが大体70~140mg/dL位にコントロールされています。低い場合は血糖を上げるホルモンの影響で冷汗や動悸などの症状がでますが、高い場合は経験上300~500mg/dL以上になって初めて口渇(のどの渇き)や多飲・多尿(沢山飲んで沢山尿が出る)などの症状が出る人が多く、200台ではほぼ無症状です(個人差があります)。症状がある方はもちろん、無症状であってもきちんと健診を受け引っかかったら放置せずに「早めに」受診してください。コントロールされていない糖尿病の罹病期間が長くなると次のような合併症を発症して手遅れになってしまうため「早めに」というのがポイントです。
糖尿病の合併症
糖尿病では血管や神経が傷ついたり免疫力が低下したりして全身に合併症がでます。①網膜症、②腎症、③神経障害は三大合併症と言われます。合併症は一旦発症すると元に戻らないことが多いので予防と早期発見が大切です。
- ①網膜症
- 目の網膜の細い血管が障害され、ひどいと失明することのある病気です。無症状のうちに進行するので定期的に眼科で診てもらいます。眼科のかかりつけがない場合は紹介します。
- ②腎症
- 尿を作る腎臓の細い血管が障害され、尿がうまく作れなくなって老廃物や水分が体にたまり、むくみや息苦しさ、気持ち悪さなどがでる病気です。透析が必要になることもあります。これも無症状のうちに進行するので早期発見が重要です。尿検査で早期発見に努め、発症後も進行を抑制するよう治療します。
- ③神経障害
- 末梢神経が障害されると手足のしびれや痛みがでたり壊疽(腐ってしまうこと)になったりします。自律神経が障害されると立ちくらみや勃起障害、排尿障害などをきたします。痛みに鈍くなって心筋梗塞が気付かれないこともあります(無痛性心筋梗塞)。
- ④大血管障害
- 糖尿病は動脈硬化の原因になります。動脈が狭くなったり詰まったり、破れたりしやすくなるため、心筋梗塞や狭心症、脳卒中、閉塞性動脈硬化症などを発症しやすくなります。
- ⑤免疫力低下
- 感染症にかかりやすく、重症化しやすく、治りづらくなります。傷も治りづらくなります。
- ⑥その他
- 最近では糖尿病が癌や骨折と関係するとも言われています。
上記は慢性的な合併症ですが、急性の症状として血糖があまりに高値になり呼吸や意識がおかしくなったり(糖尿病性ケトアシドーシス、高血糖高浸透圧症候群等)、治療薬による低血糖で意識をなくしたりして救急搬送されることもあります。血糖が高くなるとのどが渇きますが、この時に水やお茶ではなく清涼飲料水を飲むとさらに血糖が上がって悪循環になります(ペットボトル症候群ですね)。
糖尿病の診断
糖尿病の診断には問診と身体診察の他、血糖値やHbA1c(1~2ヶ月の平均血糖を反映)などの採血検査が必要です(院内検査可能です)。1回の受診では診断がつかない場合も多いです。健診で異常を指摘された方、口渇、多飲、多尿の他、体重減少や倦怠感などの自覚症状のある方は早めに受診してください。
糖尿病の治療
糖尿病の治療の目的は、血糖値をコントロールして合併症の発症や進行を予防する事です。合併症予防のためにはHbA1cを7%未満とすることが目標となりますが、年齢や臓器障害、認知機能、活動性などにより個別に目標値を設定します。糖尿病には膵臓のβ細胞が自己免疫(免疫の異常で自分の体を異物と間違えて攻撃してしまう状態)などの機序で壊されてインスリンが分泌されなくなり発症する1型糖尿病と、食べ過ぎや運動不足などの生活習慣や遺伝的な要因でインスリンの作用不足や分泌不足がおこり発症する2型糖尿病、妊娠中に初めてわかる妊娠糖尿病などがあります。1型糖尿病と妊娠糖尿病は生活習慣病ではなく専門医による治療が望ましいため専門医療機関へ紹介します。2型糖尿病は個別に作成する生活習慣病療養計画書に基づいた生活指導(食事療法、運動療法)や薬物治療を当院で行います。
脂質異常症
コレステロールや中性脂肪などの血中の脂質が異常値を示すものが脂質異常症です。余分な脂質が動脈壁に貯まると粥腫(じゅくしゅ)という塊ができます。粥腫はプリンのように「ぷよぷよ」していて破れやすく、粥腫が破れると血管の壁に傷ができ、その傷を修復するために血小板や凝固因子が集まって血の塊(血栓)を作ります。この血栓が血管を塞ぐとそこから先に血液が流れなくなり臓器が壊死します。心臓を栄養する冠動脈が詰まったのが心筋梗塞、脳に行く動脈が詰まったのが脳梗塞です。粥腫は時間が経つと炎症細胞が集まって厚く、硬くなるため動脈は内腔が狭くなったり変形したりし (動脈硬化の進展)、結果として狭心症や閉塞性動脈硬化症、腎硬化症、動脈瘤などを発症します。コレステロールは主に肝臓で作られますが水に溶けないため血液中では蛋白質と結合しています。結合する蛋白質の違いから血中コレステロールは肝臓から各組織に運ばれるLDLコレステロールと、各組織から肝臓に戻ってくるHDLコレステロールに大別されます。LDLコレステロールは増えると血管壁に貯まって粥腫ができやすくなるため悪玉、HDLコレステロールは血管壁のコレステロールを肝臓に運ぶため善玉と言われます。昔は高脂血症と言っていましたがHDLコレステロールが低い場合も動脈硬化が進むため2007年から脂質異常症という名称が提唱されました。
中性脂肪(トリグリセライド)も脂質の一つです。コレステロールは主に細胞膜やホルモンなどの原料になりますが、中性脂肪は主にエネルギー源として体に蓄えられます (皮下脂肪や内臓脂肪ですね)。コレステロールと比べると直接的な影響は小さいですが、中性脂肪が高くても動脈硬化になりやすいと言われます。中性脂肪はあまりに高いと急性膵炎の原因にもなります。
脂質異常症は動脈硬化の原因になるため、日本動脈硬化学会が診療ガイドライン (動脈硬化性疾患予防ガイドライン)を出しており、基本的にはこの最新版に基づき診療をいたします。心筋梗塞や脳梗塞の既往の有無、年齢、性別、他の危険因子の有無などにより個々の患者様で診療方針や治療目標値が全く異なります。例えばLDLコレステロールの治療目標値は心筋梗塞と糖尿病の合併のある方は70mg/dL未満ですが、高血圧や糖尿病、喫煙習慣のない40歳代女性の方は160mg/dL未満です(家族性高コレステロール血症を除く)。受診されましたら診察のうえ甲状腺機能低下症やネフローゼ症候群などによる二次性の脂質異常症や家族性高コレステロール血症などが無いかチェックをし、その後個別に生活習慣病療養計画書を作成いたします。治療は食事療法、運動療法、薬物療法を組み合わせます。動脈硬化の予防には禁煙をし、大量飲酒を避けることが推奨されます。食事療法は肥満がある場合はカロリー制限をし、食事の内容については飽和脂肪酸を減らしてその分を不飽和脂肪酸に置き換えるとよいとされます。飽和脂肪酸が多い食品は常温で白い(個体の)油を思い浮かべるとよく、牛肉や豚肉、バター、牛乳、カップ麺などが代表です。不飽和脂肪酸が多い食品は常温で白くない(液体の)油を思い浮かべるとよく植物油や魚油などが代表です。運動療法は1日合計30分以上を週3回以上、または週に150分以上の有酸素運動が推奨されます。手軽な有酸素運動はウォーキングです。薬物療法は個々の患者様に合わせて必要な薬を処方します。冠動脈疾患や脳卒中の既往のない85歳以上の方については高LDL血症の治療が心筋梗塞や脳卒中の発症予防につながるというデータがないため、薬物治療については個別に判断します。健診等でコレステロールや中性脂肪の異常を指摘されましたら一度ご受診ください。
高尿酸血症
血中の尿酸値が7.0mg/dLを超えると高尿酸血症と診断されます。痛風発作の原因になる他、腎結石もできやすく、尿管に結石がつまると激しい腹部や背部の痛みを来します。自覚症状がなくても長期間高尿酸血症が続くと腎障害や脳卒中、心臓病などの危険が高くなります。プリン体が分解されて尿酸ができるため、プリン体が多く含まれる飲食物(ビール、肉、レバー、干物など)の摂取が多いと尿酸値が上がりやすくなります。アルコール全般に尿酸値を上げる作用があるため焼酎なら大丈夫とは言えません。飲食物の他、運動不足も高尿酸血症の原因となるため生活習慣病に含めることが多いですが、利尿薬の副作用や腎不全、悪性腫瘍の治療等でも高尿酸血症になる場合があります。高尿酸血症の治療の目標値は痛風発作や痛風結節(関節周囲等にできた尿酸の結晶や炎症細胞からなる硬いしこり)がある場合は6.0mg/dL未満で、これらがない場合は腎障害、尿路結石、高血圧、虚血性心疾患、糖尿病、メタボリックシンドロームなどの合併症の有無などにより個別に目標値を設定します。治療は生活習慣を改善することが最も大切で、それでも目標値まで下がらない場合は薬物治療が必要になります。高尿酸血症の治療薬には尿酸の生成を抑える薬や排泄を促進する薬、尿酸を分解する酵素の薬などがあり、どれを使用するかは個別に判断いたします。
メタボリックシンドローム
インスリン抵抗性という状態をご存じでしょうか。これは肥満(特に内臓脂肪型肥満)に関連して血糖を下げるホルモンであるインスリンがうまく働かなくなった状態で動脈硬化の進展と深い関わりがあります。私も昔インスリン抵抗性と血管の研究(筆頭論文2、3)をしていた時期がありますが、インスリン抵抗性の進展には脂肪組織から分泌されるアディポサイトカインというホルモンの異常が重要であることがわかっています。アディポサイトカインにはインスリン抵抗性や動脈硬化を抑制する善玉(アディポネクチン等)とこれらを促進する悪玉(TNF-α等)があり、肥満になると善玉が減って悪玉が増えると言われます。肥満によるアディポサイトカイン異常、インスリン抵抗性を有し、動脈硬化性疾患になりやすい脂質異常、血糖高値、血圧高値などが合わさった病態がメタボリックシンドロームです。メタボリックシンドロームの診断基準は以下のごとくです。
ウエスト周囲長が男性で85㎝以上、女性で90cm以上に加え以下のうち2項目以上
- 中性脂肪150㎎/dL以上かつ/又はHDLコレステロール40mg/dL未満
- 収縮期血圧130mmHg以上かつ/又は拡張期血圧85mmHg以上
- 空腹時血糖110mg/dL以上
- ウエストは立位、軽呼気、臍レベルで測定
- 高中性脂肪血症、低HDL血症、高血圧、糖尿病に対する薬物治療を受けている場合はそれぞれの項目に含める
特定健診はメタボリックシンドロームを早期発見し、食事療法、運動療法を主体に内臓脂肪を減らすように治療して他の生活習慣病や動脈硬化性疾患の発症を予防する事が目的です。お腹周りが気になる方は健診をうけ、メタボリックシンドロームを指摘されたらご受診ください。